神ってる

始まりは「神対応」だったと思います。だれそれの対応が、大人だった、素晴らしかった時の、称賛の言葉。以前なら「大人だねー」とか、「もっと大人になりなさい」と言われていました。いつの間にか「神」になってしまって。
それは、いま「大人が大人たりえない」からなのか、それとも「大人っていっても、大したことないじゃん」と、見透かされたのか。どっちもでしょうね。「いま時の若いものは」と言うけれど、「今どきの大人」の酷さも、相当なものですし。
広島が逆転で巨人を下してリーグ優勝を決めた、あの試合。思わず唸った言葉が、「神じゃない、実力だ」と。解説の大野氏か小早川氏のどちらかが、洩らした一言です。あの時の後楽園はすごい雰囲気で、みんなが手作りのカードを掲げていました、
その中にあったのが「神ってる」。今年の広島を象徴する言葉なのでしょうか。今回も、巨人に先行されながらの逆転。さらに鈴木が、まさかの連続ホームラン。もう「神ってる」でショウ、と言うとき「神じゃない、実力です」と、冷静に発言。
そしてVTRのスロー再生で分析。これこそ「大人でしょう」対応。神、といってしまえば、それまでの本人の努力は加味されない感じがある。まぐれ、みたいな。でも、実力は、完全に本人が作り上げた物でしょう。もちろん、生まれつきもあるけど。
だから、「神」の力ではなく、本人のこれまでの積み重ねによるもの、という評価をしてあげた、その瞬間でした。
つまりは、世間には「真に努力をしないで実力もないのに、地位ばかり手に入れた大人」が多い、てことでしょうね。本来の意味の「大人」が死語。これは、誰の責任なのでしょうか。神?詳しくはこちら